「朝起きると顎が重い」「家族に歯ぎしりを指摘された」「気づくと奥歯を噛みしめている」——そうした自覚とともに、鏡を見てエラの張りが気になり始めた、という方は少なくないと思います。
この二つは、たしかにつながっています。噛みしめる習慣が続けば、噛むための筋肉である咬筋(こうきん)は発達し、顔の輪郭は角ばって見えやすくなります。だからこそ「咬筋に注射をすれば、歯ぎしりもエラも一度に解決するのでは」と考えたくなります。
2026年8月、この領域に大きな動きがありました。ボトックスビスタ®に「65歳未満の成人における咬筋膨隆」という効能が追加で承認されたのです。ただ、この承認が何を意味しているのかは、慎重に読む必要があります。承認されたのは「咬筋の膨隆」という形についてであって、「歯ぎしり」という症状の治療ではありません。
この記事では、その線引きを中心に、承認された内容、国内で行われた試験の数字、そして歯ぎしりそのものをどこに相談すべきかを、電子添付文書と査読を経た研究をもとに整理します。
この記事でわかること
- 2026年8月に承認されたのは「咬筋膨隆」であり、歯ぎしりの治療ではないこと
- 承認された投与量(合計48〜72単位)と、注射する場所の決め方
- 国内の臨床試験で、90日後にどのくらいの方が改善したのか
- 歯ぎしり・食いしばりそのものは、まず歯科で相談する理由
- 報告されている副作用と、骨への影響をめぐる議論の現在地
1. はじめに、この記事の結論
先に要点をお伝えします。
2. 歯ぎしりの治療として承認されたわけではありません。電子添付文書は、承認された部位以外への使用を明確に戒めています。
3. 歯ぎしり・食いしばりそのものは、まず歯科の領域です。睡眠時の歯ぎしりには、保険で受けられる口腔内装置(スプリント)という対応があります。
4. 効果は一時的です。電子添付文書は「対症療法であり、効果は通常3〜4ヵ月で消失し、投与を繰り返す必要がある」と記載しています。
この4点を押さえたうえで、以下で一つずつ見ていきます。
2. 2026年8月、咬筋膨隆が承認されました
2026年8月24日、ボトックスビスタ®注用50単位および同注用100単位について、「65歳未満の成人における咬筋膨隆」を効能・効果とする承認事項の一部変更が承認されました。これを受けて、電子添付文書も2026年8月に改訂されています(医薬品医療機器総合機構 2026a, 2026b)。
何が承認され、何は承認されていないのか
ここが、この記事でもっともお伝えしたい部分です。
| 承認されている | 承認されていない |
|---|---|
| 65歳未満の成人における眉間の表情皺 65歳未満の成人における目尻の表情皺 65歳未満の成人における咬筋膨隆 |
歯ぎしり(ブラキシズム) 食いしばり・噛みしめ 顎関節症 頭痛・肩こり 65歳以上の方への投与(推奨できないとされています) |
電子添付文書の「警告」には、用法及び用量を厳守し、眉間の表情皺、目尻の表情皺および咬筋膨隆以外には使用しないことと記載されています。さらに「重要な基本的注意」でも、これら以外の適応に対して本剤を絶対に使用しないこととされています。
つまり、「歯ぎしりを治すためにボトックスビスタ®を使う」という説明は、この電子添付文書の記載とは相容れません。咬筋膨隆という形に対して承認された、という事実を正確に受け取っていただければと思います。
50単位と100単位で、効能が異なります
細かい点ですが、規格によって効能が違います。50単位製剤は表情皺と咬筋膨隆の両方に承認されている一方、100単位製剤は咬筋膨隆のみが効能とされています。なお100単位製剤は、2026年8月時点で販売開始日が定められていません。
米国では、2026年8月4日に米国食品医薬品局が咬筋膨隆に対する追加申請を受理したと製造販売元が公表しており、2026年8月時点では審査中の段階です(AbbVie 2026)。日本国内での承認が先行した形になります。海外での使用実績の蓄積はこれからであり、長期的な情報は限られている段階だとご理解ください。
3. 「歯ぎしりが治る」ではありません
電子添付文書が示す位置づけ
電子添付文書は、患者さんへの説明事項として「本剤の投与は対症療法であり、効果は通常3〜4ヵ月で消失し、投与を繰り返す必要がある」ことを、文書を用いて説明し同意を得たうえで使用するよう求めています。原因そのものに働きかけるのではなく、筋肉の働きを一時的にやわらげる治療である、という位置づけです。
研究が示していること
歯ぎしりに対するボツリヌス毒素の研究は、実は結果の読み方が繊細です。
睡眠時歯ぎしりの患者さん30名を対象に、咬筋のみに注射して睡眠検査を行った無作為化プラセボ対照試験では、歯ぎしりが起こる回数そのものには、注射をした群としない群で差がみられませんでした。一方で、歯ぎしり中の筋電図の最大振幅、つまり噛みしめる力の強さについては有意な差がみられ、注射をした群で12週間にわたり低下していました(Shim et al. 2020)。
また、夜間の歯ぎしりを対象とした小規模な無作為化比較試験では、注射をした咬筋では歯ぎしりのイベントが有意に減少した一方、注射をしていない側頭筋では変化がみられませんでした(Lee et al. 2010)。注射した筋肉に限られた、局所的な作用であることを示しています。
歯ぎしりが「起こらなくなる」のではなく、起きたときの「力が弱まる」。そして、その作用は注射した筋肉に限られる。歯ぎしりを引き起こしている仕組みそのものが変わるわけではない、と解釈するのが妥当です。
痛みについては、6件の無作為化比較試験・計148名をまとめた解析で、安静時の痛みがプラセボと比べて有意に改善したと報告されています(Cheng et al. 2022)。ただし咀嚼時の痛みには有意差がみられておらず、また9件・計137名を対象とした系統的レビューでは、著者ら自身が試験デザインのばらつきの大きさを挙げ、結論は予備的なものであると述べています(Buzatu et al. 2024)。
いずれの研究も対象人数が数十名規模にとどまり、この領域のエビデンスはまだ発展途上であることは、正直にお伝えしておきたい点です。
4. 歯ぎしりは、まず歯科にご相談を
保険で受けられる対応があります
睡眠時の歯ぎしりに対しては、公益社団法人日本補綴歯科学会の指針において、口腔内装置(スプリント)が用いられるとされており、通常はスタビライゼーションスプリントが選択されると記載されています(日本補綴歯科学会 n.d.)。これは保険診療で受けられる対応です。
歯ぎしりは、歯の摩耗や破折、被せ物の脱離、知覚過敏、歯周組織への負担といった歯そのものへの影響と結びついています。この評価と対応は、歯科の診療領域です。
なお、同学会の指針にボツリヌス療法に関する記載はありません。歯ぎしりに対するボツリヌス療法を国内の学会が推奨しているという事実は、私たちが調べた範囲では確認できませんでした。
歯科と美容皮膚科では、目的が違います
| 歯科 | 美容皮膚科 | |
|---|---|---|
| 主な目的 | 歯や顎への負担を減らす | 咬筋膨隆(エラの張り)という形の改善 |
| 代表的な対応 | 口腔内装置(スプリント)、噛み合わせや習慣の評価 | 咬筋へのボツリヌス毒素製剤の注射 |
| 費用 | 睡眠時歯ぎしりに対する口腔内装置は保険診療 | 自由診療(保険適用外) |
| 向いている方 | 歯の摩耗・破折、朝の顎の痛み、被せ物のトラブルがある方 | エラの張り・輪郭の角ばりが気になる方 |
この二つは、どちらが優れているという関係ではありません。気になっているのが「歯や顎への負担」なのか、「輪郭の見た目」なのかで、相談先が変わります。両方が気になる場合、歯科での評価を受けたうえで、輪郭についてご相談いただくという順序が自然です。
5. 咬筋膨隆の治療で「決まっていること」
今回の承認で、投与量と注射する場所が具体的に定められました。ここは、これまで医療機関ごとにばらつきのあった部分です。
投与量と部位
電子添付文書の用法及び用量では、65歳未満の成人に対し、A型ボツリヌス毒素として合計48〜72単位を、左右の咬筋に各3部位(合計6部位)に均等に分割して筋肉内注射する、とされています。1回の投与量は最大で合計72単位までです。
注射する場所の決め方
注射部位についても、細かく定められています。
- 患者さんが座った状態で、口角から耳介下端(耳たぶの下部)へ引いた線より下の位置に特定する
- 笑筋と耳下腺への投与は避ける
- 歯を最大限にかみしめた状態で、咬筋のもっとも厚い部位を最初の注射部位とする
- 各注射部位は互いに約1cm離し、咬筋の前縁からも1cm離す
- 顎の力を抜いた状態で、各部位に垂直に咬筋の最大の深さまで刺入する
- 筋肉の不均一な反応を防ぐため、注射ごとに咬筋の深層と表層に均等に分布させる
- 各投与部位への投与容量は0.3mLを超えない
笑筋を避けるという指定は、笑ったときの表情が不自然になることを防ぐための設計です。この一つひとつが、承認にあたって定められた内容だという点に意味があります。
投与の間隔
症状が再びあらわれた場合には再投与することができますが、3ヵ月以内の再投与は避けることとされています。「効果が薄れてきたからすぐに追加する」という使い方は想定されていません。
なお、咬筋膨隆と眉間・目尻の表情皺を同時に投与した経験は臨床試験にはない、とも記載されています。同時に複数部位を希望される場合は、医師にご相談ください。
6. どのくらい変わるのか(国内の臨床試験)
90日後の改善率
咬筋膨隆のある日本人の患者さんを対象に、多施設共同・無作為化・二重盲検の並行群間比較試験が行われました。試験登録番号は jRCT2031230467 です。医師が咬筋膨隆の程度を5段階で評価し、治療後に2段階以上の改善を達成した方の割合が主要な評価項目です。対象は、5段階のうち上位2段階にあたる程度の方に限られています。
初回投与から90日目の結果は次のとおりです。
| 投与群 | 改善率 | 数値 |
|---|---|---|
| 48単位 | 40.9%(43/105例) | |
| 72単位 | 39.4%(41/104例) | |
| プラセボ | 0.0%(0/50例) |
読み取っていただきたい点が二つあります。
一つは、プラセボ群が0.0%であること。何もしなければ、この評価基準での改善はほぼ起こらないということです。もう一つは、48単位と72単位で改善率がほとんど変わらないこと。量を増やせば効果が上がる、という単純な関係ではないことを示しています。
同時に、4割前後という数字もそのまま受け止めていただければと思います。この評価基準では、6割の方は2段階以上の改善には至っていません。「必ず変わる」治療ではありません。
なお、咬筋肥大に対するボツリヌス毒素製剤の効果をまとめた系統的レビュー・メタ解析でも、投与後4週の時点での改善についてプラセボに対する優位性が報告されています(Machado et al. 2026)。
効果が続く期間
前述のとおり、電子添付文書は「効果は通常3〜4ヵ月で消失し、投与を繰り返す必要がある」としています。一度で終わる治療ではなく、続けるかどうかを含めてご検討いただく必要があります。
7. 知っておいていただきたいこと
臨床試験で報告された副作用
国内の試験における副作用の発現率は、48単位群で5.7%(6/105例)、72単位群で3.8%(4/104例)でした。主な副作用は次のとおりです。
| 副作用 | 発現率 | 内容 |
|---|---|---|
| 筋疲労 | 1.9%(両群) | 噛む筋肉の疲れやすさ |
| 咀嚼障害 | 1.9%(72単位群) | 噛みにくさ |
| 奇異性咬筋膨隆 | 1.9%(48単位群) | 噛みしめた際に咬筋の一部が想定と異なる膨らみ方をするもの |
この「筋疲労」と「奇異性咬筋膨隆」は、今回の改訂で副作用の一覧に新たに追加された項目です。硬いものが噛みにくく感じられる時期があること、噛みしめたときの見え方が一時的に変わることがあることは、あらかじめ知っておいていただきたい点です。
骨への影響については、報告が分かれています
咬筋への繰り返しの注射が下顎の骨に影響するかどうかは、この領域で議論が続いているテーマです。現時点では、結論を断定できる段階にありません。
| 報告 | 内容 |
|---|---|
| Kostenuik et al. 2025 | 咬筋膨隆のある健常成人を対象に、48・72・96単位またはプラセボを投与し、12ヵ月にわたりCTで下顎頭・歯槽部・下顎枝の骨密度を測定。いずれの部位でも臨床的に意味のある変化はみられなかったと報告。ただし最大1年・最大2回の投与までの評価であり、企業が主導した試験です。 |
| Owen et al. 2022 | 咀嚼筋への注射の下顎骨への影響を検討した系統的レビュー。対象となった7件のうち5件で下顎のいずれかの部位に有意な骨の変化が報告されたとしています。ただし著者らは、含まれた研究の質を非常に低いと評価しています。 |
今回日本で承認された48〜72単位という量については、12ヵ月・2回投与までの範囲で骨密度への悪影響は示されていません。一方で、それを超える長期・多数回にわたる反復投与についての情報は、まだ十分とはいえません。「懸念が確定している」わけでも「安全が確定している」わけでもない、というのが正確な現在地です。
繰り返すことで、効きにくくなることがあります
電子添付文書は、投与を長期間繰り返した場合に中和抗体が産生され、効果が認められなくなることがあると記載しています。効果の減弱がみられる場合には抗体検査を実施することとされています。3ヵ月以内の再投与を避けるという制約も、この点と無関係ではありません。
まれですが、重い副作用の報告があります
ボツリヌス毒素製剤では、投与した筋肉以外の遠隔の筋肉に対する影響と考えられる副作用があらわれることがあり、嚥下障害、肺炎、重度の衰弱等に伴う死亡例も報告されています。頻度としてはまれですが、こうした記載があることも含めてお伝えしておきます。飲み込みにくさ、息苦しさ、強い脱力などを感じられた場合は、すみやかに医療機関にご連絡ください。
また、本剤は講習を受けた医師が使用することが承認条件として定められています。
8. 受けられない方・注意が必要な方
電子添付文書では、次の方は禁忌とされています。
- 重症筋無力症、ランバート・イートン症候群、筋萎縮性側索硬化症など、全身性の神経筋接合部の障害をもつ方
- 妊婦または妊娠している可能性のある方、および授乳中の方
- 本剤の成分に対して過敏症の既往歴のある方
- 他のボツリヌス毒素製剤で治療中の方
また、妊娠する可能性のある方は投与中および最終投与後2回の月経を経るまで、男性は投与中および最終投与後少なくとも3ヵ月は避妊することとされています。他の医療機関でボツリヌス毒素の投与を受けている場合は、必ずお申し出ください。
効能・効果に関連する注意として、65歳以上の方への投与は推奨できないとされています。
9. 費用・回数・期間について
【この見出し以下のブロックは、単位数の方針決定後に差し替えます】
A案(承認用法どおり48単位以上で提供する場合)とB案(現行40単位を維持する場合)を別途ご用意しています。B案では、医療広告等ガイドラインに基づく未承認医薬品等に関する5項目の表示が必要になります。
10. よくあるご質問
Q. 歯ぎしりを治すために、咬筋への注射を受けられますか?
Q. 噛む力は落ちませんか?食事に影響しますか?
Q. どのくらいで変化を感じますか?何回くらい必要ですか?
Q. エラの張りは、注射で必ず改善しますか?
Q. 骨がやせるという話を聞いて心配です。
Q. 何歳から何歳まで受けられますか?
11. まとめ
2026年8月の承認で、咬筋膨隆という形に対する治療の枠組みが、投与量から注射する場所まで具体的に定められました。医療機関ごとにばらつきのあった領域に、公的な物差しができたことには意味があります。
一方で、承認されたのはあくまで「形」についてです。歯ぎしりや食いしばりという習慣そのものが変わるわけではなく、効果は3〜4ヵ月で消失します。歯や顎への負担が心配な場合は、歯科での評価が先にあります。
噛みしめる習慣とエラの張りは、つながってはいても、同じ問題ではありません。どちらが気になっているのかを整理することが、遠回りに見えていちばん確かな一歩だと考えています。判断に迷われるときは、どうぞご相談ください。
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・本記事は、電子添付文書・研究報告・公的資料に基づく一般的な医療情報であり、診断・治療の代替ではありません。
・特定の使用を推奨・保証するものではありません。効果や副作用には個人差があります。
・咬筋膨隆に対する治療は自由診療(保険適用外)です。
・歯ぎしり(ブラキシズム)・食いしばり・顎関節症は、ボトックスビスタ®の承認された効能・効果に含まれません。
・実際の治療は、症状・既往歴・全身状態などを踏まえて医師が判断します。気になる症状があるときは医療機関にご相談ください。
参考文献
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