マンジャロ(一般名チルゼパチド)などのGLP-1関連のお薬について、「認知症やがんの予防にもなるのでは」という話題を目にすることがあります。この記事では、2026年9月までに発表された研究をもとに、「現時点では証明されていない」という結論の根拠と、がんなどのリスクを整理します。
チルゼパチドは、日本・米国・EUのいずれでも、認知症やがんの予防・治療の効能は承認されていません。日本で承認されているのは、マンジャロが2型糖尿病、ゼップバウンドが肥満症と中等症以上の閉塞性睡眠時無呼吸症候群です。お薬の使用については、必ず医師にご相談ください。
この記事の結論(現時点)
- 認知症の予防:まだ仮説の段階です。診療記録を使った研究(観察研究)では認知症が少ないという関連がみられますが、予防を確かめた比較試験はまだありません。すでにアルツハイマー病がある人の比較試験では、進行を遅らせる効果は確認されませんでした。
- がんの予防:「予防できる」とは言えません。プラセボと比べた比較試験をまとめた大規模な解析では、肥満に関連する13種類のがんについて、影響はほぼないかもしれないと評価されました。
- がんのリスク:これまでの研究の期間では、はっきりした増加はみられていません。ただし、がんを評価するには期間が短く、甲状腺がんは一部の解析で増加がみられています。
1. チルゼパチドとは
チルゼパチドは、GIPとGLP-1という2つのホルモンの受容体に作用するお薬の成分で、マンジャロ(2型糖尿病)とゼップバウンド(肥満症など)に含まれています。セマグルチドやリラグルチドのように、GLP-1受容体だけに作用するお薬を「GLP-1受容体作動薬」といい、チルゼパチドとはこの点が異なります。この記事で紹介する研究の多くはGLP-1受容体作動薬のもので、その結果がチルゼパチドにそのまま当てはまるとは限りません。
承認されている病気では、臨床試験で効果が確かめられています。たとえば2型糖尿病と肥満がある人の試験では、72週間で体重が平均12.8%(10mg)、14.7%(15mg)減少しました(プラセボは3.2%)(Garvey et al., 2023)。2型糖尿病の人でセマグルチド1mgと比べた試験では、HbA1cの下がり幅がチルゼパチドのすべての用量で上回りました(Frías et al., 2021)。詳しくは「チルゼパチドの効果と安全性」の記事で紹介しています。
この記事では、承認外の「認知症」と「がん」について見ていきます。
2. 研究の種類
どの種類の研究かによって、言えることが大きく変わります。
| 研究の種類 | わかること |
|---|---|
| ランダム化比較試験(調べたいことを主な目的にしたもの。以下「比較試験」) 参加者をくじ引きのように分けて、お薬とプラセボ(有効成分を含まない偽薬)などを比べる | お薬の効果かどうかを、最も確かに判断できる |
| 別の目的の比較試験の副次データ 心臓の病気などの試験で記録された件数をまとめる | 手がかりにはなるが、件数が少なく、結論が分かれやすい |
| 観察研究 診療記録などから、お薬を使った人と、使わなかった人や別の薬を使った人を比べる | 「関連」はわかるが、お薬の効果か、もともとの違いによるものかは区別しきれない |
| 動物・細胞の研究 | しくみの手がかりになるが、人で同じとは限らない |
※この記事に出てくる「ハザード比」「オッズ比」「相対リスク」は、1より小さければ「使った人で少なかった」、1より大きければ「多かった」という意味です。95%信頼区間(かっこ内の範囲)が1をまたぐ場合は、はっきりした差とは言えません。
3. 認知症の治療試験
すでにアルツハイマー病の症状がある人を対象に、GLP-1受容体作動薬の効果を調べた主な比較試験を紹介します。
evoke試験・evoke+試験(セマグルチドの飲み薬)
対象は、脳にアミロイド(アルツハイマー病で脳にたまるたんぱく質)の蓄積が確認された、軽度認知障害または軽度の認知症の55〜85歳の3,808人です。セマグルチドの飲み薬(1日最大14mg)とプラセボを比べた、2つの国際的な試験です(Cummings et al., 2026)。
- 104週時点の認知症の進み具合(CDR-SBという評価尺度)は、どちらの試験もプラセボと差がありませんでした
- 著者は「病気の進行を遅らせなかった」と結論しています
ELAD試験(リラグルチド)
糖尿病のない軽度〜中等度のアルツハイマー病の人204人を対象に、リラグルチド(毎日の注射)とプラセボを52週間比べた試験です(Edison et al., 2026)。
- 主な評価項目(脳でのブドウ糖の使われ方)は、プラセボと差がありませんでした
- 認知機能の検査のうち1つで差がみられましたが、多くの項目を調べたときに偶然差が出る可能性を調整していない結果です
- 認知症の進み具合(CDR-SB)や日常生活の動作には差がありませんでした
「リラグルチドで認知機能の低下が抑えられた」という情報を見かけることがあります。これは2024年7月の学会発表を報じたもので、上の「検査の1つで差がみられた」結果にあたり、主な評価項目の結果ではありません。
いずれも「すでに発症した人」の試験です。発症前の人で予防できるかを主な目的として確かめた比較試験は、まだありません。
4. 認知症の発症
では、まだ認知症になっていない人では、GLP-1受容体作動薬を使うと認知症が少なくなるのでしょうか。予防を目的にした比較試験はないため、手がかりになるのは次の2種類の研究です。
別の目的の比較試験
心臓の病気などを調べる比較試験では、認知症になった人の数も記録されています。それをまとめた解析では、結論が分かれています。
- 血糖を下げる薬の比較試験26本(うちGLP-1受容体作動薬は10本)をまとめた解析では、GLP-1受容体作動薬で認知症が少なかった(オッズ比0.55)(Seminer et al., 2025)。
- 一方、比較試験62本(約20万人)をまとめた別の解析では、どの薬でも認知症を減らす効果ははっきりしませんでした(Tseng et al., 2026)。
- 肥満の人を対象にした比較試験だけで見ると、認知症に差はありませんでした(相対リスク1.02)(Li et al., 2026)。
観察研究
2型糖尿病の人の診療記録を使った研究では、GLP-1受容体作動薬を使っている人で認知症が少ないという関連が繰り返し報告されています。ここで紹介する3つの研究は、いずれも比べる集団のもともとの違いをできるだけそろえる方法で分析していますが、比べる相手(DPP-4阻害薬やSGLT2阻害薬など、別の種類の糖尿病の薬)によって結果が変わります。
- 米国の2型糖尿病の人:ほかの糖尿病の薬と比べて、アルツハイマー病などの認知症が少なかった(ハザード比0.67)(Tang et al., 2025)。
- 米国の66歳以上の2型糖尿病の人:DPP-4阻害薬と比べて、はっきりした差はありませんでした(リスク比0.83、95%信頼区間0.61〜1.05)(Inoue et al., 2025)。
- 50歳以上の2型糖尿病の人:DPP-4阻害薬と比べると少なかった一方(ハザード比0.76)、SGLT2阻害薬と比べると、むしろ多い結果でした(ハザード比1.53)(Zhou et al., 2026)。
5. チルゼパチドと認知症
2026年9月時点で、チルゼパチドについて認知症を主な評価項目にした比較試験の結果は公表されていません。米国の臨床試験登録サイト(ClinicalTrials.gov)でも、該当する試験は確認できませんでした。報告されているのは次のような研究です。
- 観察研究(2型糖尿病と肥満がある人):セマグルチドとチルゼパチドを合わせて分析した研究で、ほかの糖尿病の薬を使った人より認知症が少ない結果でした(ハザード比0.63)。チルゼパチドだけの結果ではありません(Lin et al., 2025)。
- 観察研究(2型糖尿病の人):国際的な診療データベースで、チルゼパチドを使っている人は、セマグルチドを使っている人と比べても(ハザード比0.69)、SGLT2阻害薬を使っている人と比べても(0.66)、認知症が少ない結果でした。追跡は2年間で、著者自身が「仮説を立てるための結果で、比較試験での確認が必要」としています(Younis et al., 2026)。
- 動物研究:2つの研究グループが、アルツハイマー病のモデルマウスで調べました。チルゼパチドやセマグルチドを使っても、記憶や脳のアミロイドの蓄積は改善しませんでした(Forny Germano et al., 2024; Vear et al., 2026)。
「チルゼパチドはGIPにも作用するので、認知症予防の効果がより高い」という説明を見かけることがあります。しかし、上の観察研究の結果がGIPへの作用によるものかはわかっておらず、人での比較試験による裏付けもありません。
6. がんの研究
がんは発症までに年単位の時間がかかるため、研究の期間の長さにも注目してください。
比較試験のまとめ
- プラセボと比べた比較試験48本(94,245人)をまとめた大規模な解析では、13種類の肥満に関連するがんについて、影響はほぼないかもしれないと評価されました。セマグルチドとチルゼパチドに絞った分析でも同じ結果でした(Ko et al., 2026)。がんの種類ごとの評価は次のとおりです。
- 甲状腺がん・膵がん・乳がん・腎臓がん:「おそらくほぼ影響はない」(根拠の確かさが中程度)
- 大腸がん・肝臓がんなど:「ほぼ影響はないかもしれない」(根拠の確かさが低い)
- 胃がん:判断できないほど不確か
- 52週以上の比較試験50本をまとめた解析でも、がん全体の発生に差はありませんでした(オッズ比1.05)(Silverii et al., 2025)。
- チルゼパチドの比較試験13本(13,761人)だけで見ても、がん全体に、はっきりした差はありませんでした(相対リスク0.78、95%信頼区間0.53〜1.16)。ただし、試験の期間は最長72週間です(Kamrul-Hasan et al., 2025)。
観察研究
- 2型糖尿病の人(約165万人、最長15年、チルゼパチドは含まれない)(Wang et al., 2024)
- インスリンと比べると:13種類のうち10種類のがんでリスクが低いという関連(例:胆嚢がん ハザード比0.35、肝細胞がん0.47、大腸がん0.54)
- メトホルミンと比べると:どのがんも低くならず、腎臓がんはむしろ高い(1.54)
- 糖尿病のない肥満の人:GLP-1受容体作動薬を使った人は、食事・運動の指導だけを受けた人より、肥満に関連するがんが少なかった(ハザード比0.59)。ただし、追跡は約2年です(Hsu et al., 2026)。
- チルゼパチド単独:2型糖尿病と過体重・肥満がある人で、DPP-4阻害薬と比べた研究では、肥満に関連するがんにはっきりした差はありませんでした(ハザード比0.84、95%信頼区間0.69〜1.01)(Ipaye et al., 2025)。
「GLP-1受容体作動薬で、特定のがんが最大65%減少した」という情報を見かけることがあります。これは上の約165万人の研究で、インスリンと比べた胆嚢がん(ハザード比0.35、つまり約65%少ない)の値と考えられます。比べる相手によって結果が変わるうえ、観察研究のため「お薬で減った」とは言えません。
7. 甲状腺への影響
- 動物の試験:ラットの試験で、甲状腺のC細胞(カルシトニンというホルモンをつくる細胞)の腫瘍が増えたことが報告されています。人で同じことが起こるかはわかっていません。
- 日本の電子添文(お薬の公式の説明文書):甲状腺髄様がんの既往がある人、甲状腺髄様がんや多発性内分泌腫瘍症2型(MEN2)の家族歴がある人での安全性は確立していないとされています(日本イーライリリー, 2026a; 2026b)。
- 米国の添付文書:甲状腺髄様がんの既往・家族歴がある人と、MEN2の人は使用できない(禁忌)とされ、最も目立つ形式の警告が示されています(Eli Lilly and Company, 2026)。
- 比較試験のまとめ:プラセボと比べた試験をまとめた解析では、甲状腺がんは、増加の可能性も否定できないが、はっきりした増加は確認されませんでした(オッズ比1.37、95%信頼区間0.82〜2.31)。評価は「おそらくほぼ影響はない」(根拠の確かさが中程度)ですが、信頼区間の幅は広めです(Ko et al., 2026)。一方、別の解析では増加がみられました(オッズ比1.55、95%信頼区間1.05〜2.27)(Silverii et al., 2025)。
- 観察研究(国際):46万人以上を含む研究で、ほかの糖尿病の薬と比べて甲状腺腫瘍の増加はみられませんでした。最終的な結果は、データの品質確認を通った米国のデータベースにもとづきます(Morales et al., 2025)。
- 観察研究(米国):全体としては差がなく、使い始めて1年以内だけ多い結果でした(ハザード比1.85)。著者は、検査の機会が増えて早く見つかったためかもしれないとしています(Brito et al., 2025)。
英国の内分泌・甲状腺の3学会は、短期間で臨床的に意味のある甲状腺がんの増加は示されていないとして、対象を選ばずに一律にカルシトニン(血液検査)や甲状腺の超音波検査を行うことは勧めないとしています。そのうえで、甲状腺髄様がんの既往やMEN2の家族歴がある人は使用を避けるよう求めています(Watts et al., 2026)。
米国の添付文書では、首のしこり、飲み込みにくさ、息苦しさ、続く声のかすれなどの症状について患者に説明するよう示されています(Eli Lilly and Company, 2026)。このような症状があるときは、医師に相談してください。
8. 膵炎と膵がん
膵炎は膵がんとは別の病気ですが、GLP-1関連のお薬で注意が必要な副作用なので、あわせて紹介します。
- 急性膵炎(日本):日本の電子添文では、頻度0.1%未満の「重大な副作用」とされています。嘔吐を伴う、続く激しい腹痛があるときは、使用を中止して、すぐに医師に相談してください(日本イーライリリー, 2026a; 2026b)。
- 急性膵炎(米国):米国のマンジャロの添付文書でも、GLP-1受容体作動薬で急性膵炎が報告されていることが警告として記載されています。承認時の臨床試験では、急性膵炎と判定されたのは100人年あたり、マンジャロで0.23人、比較対象の薬で0.11人でした(Eli Lilly and Company, 2022)。
- 「2023年のFDA報告」とされる情報:「2023年にFDAが、GLP-1受容体作動薬で膵炎のリスクが高まると報告した」という情報を見かけることがあります。確認できたのはFDAの報告ではなく、米国の医学誌JAMAに掲載された観察研究です。減量目的でGLP-1受容体作動薬(セマグルチド・リラグルチド)を使った糖尿病のない人は、別の減量薬(ブプロピオン・ナルトレキソン)を使った人より膵炎が多かったと報告されました(ハザード比9.09)。ただし、95%信頼区間が1.25〜66.0と非常に幅が広く、件数の少ない結果です(Sodhi et al., 2023)。
- 膵がん:プラセボと比べた試験をまとめた解析では、膵がんについて、おそらくほぼ影響はないと評価されました(オッズ比0.84、根拠の確かさが中程度)(Ko et al., 2026)。
9. よくある質問
マンジャロで認知症を予防できますか?
家族の認知症予防のために使えますか?
がんの予防になりますか?
どうして「予防できる」という情報が出回るのですか?
甲状腺の検査は受けたほうがいいですか?
10. まとめ
- チルゼパチドを含むGLP-1関連のお薬で、認知症やがんを予防できることは、現時点では証明されていません
- 認知症は、予防を確かめた比較試験がまだありません。発症後の人を対象にした試験でも、進行は遅くなりませんでした
- 観察研究では認知症や一部のがんが少ないという関連が報告されていますが、比べる相手によって結果が変わり、お薬の効果とは言い切れません
- 甲状腺については、ラットで腫瘍が増えたことと、人の研究で結果が分かれていることから、添付文書などで注意が示されています
チルゼパチドは、承認された病気の治療のために、医師の診察のもとで使うお薬です。
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参考文献
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