チルゼパチドは、マンジャロ(2型糖尿病の治療薬)とゼップバウンド(肥満症などの治療薬)に含まれる成分です。使っている人の中には、しばらくたってから「食べ物のことを考えなくなっていたのに、また気になりはじめた」「効きが落ちた気がする」と感じる人がいます。こうした感覚には名前があり、あなただけに起きていることでもありません。
この記事では、混同されやすい3つのことを分けて整理します。①食欲の実感が薄れること、②体重の減り方が緩やかになること(停滞期)、③やめたあとに体重が戻ることは、それぞれ別の現象で、わかっていることの確かさも違います。
出発点になるのは、2025年11月に医学誌『Nature Medicine』に載った症例報告です。これは脳に電極を入れて活動を直接記録した1人の患者さんの観察で、チルゼパチドを使いはじめて数か月後に食物への執着が再び現れたとき、脳の「側坐核」という場所の活動にも変化が見られた、というものです。著者らは「関連している可能性がある」と慎重に述べており、薬が効かなくなる仕組みが解明されたわけではありません。
この記事でわかること
- 「フードノイズ」「食物への執着」と呼ばれているものは何か
- 食欲の実感が薄れることは、実際に報告されているのか
- そのとき脳では何が起きていたのか(2025年の症例報告)
- 体重の停滞と、やめたあとの体重の戻りは何が違うのか
- 「効かなくなった」と感じたときに、何を主治医に伝えればよいか
1. 「効かなくなった」と感じるとき、何が起きているのか
「効かなくなった」という一言には、性質の違う3つのことが混ざっています。分けて考えると、確かめられていることと、まだわかっていないことの区別がつきやすくなります。
| 感じていること | 何が起きているか | わかっていることの確かさ |
|---|---|---|
| 食欲の実感が 薄れてきた | 治療を続けていても、食欲が抑えられている感覚が時間とともに弱まる。薬の使用開始から24週ごろに起きたという報告がある | 比較試験で報告あり(本記事7章) |
| 体重の減り方が 緩やかになった (停滞期) | 減り続けてはいるが、ペースが落ちる。臨床試験では72週まで体重は減り続けている | 臨床試験の数値あり(本記事8章) |
| やめたら 体重が戻った | 中止すると体重が戻る方向に動くことが、比較試験で報告されている | 比較試験で報告あり(本記事8章) |
この3つとは別に、そのとき脳で何が起きているのかを直接測った報告が1件あります。食物への執着が再び現れたとき、側坐核の活動にも変化が見られたという観察です。ただし1人だけの症例報告で、同じことが多くの人に当てはまるかはわかっていません(本記事4〜6章)。
大切なのは、「食欲の実感が薄れること」と「薬が体重に効かなくなること」は同じではないという点です。これは本記事の7章と8章で、それぞれの出典にあたって説明します。
2. フードノイズ・食物への執着とは
「食物への執着(food preoccupation)」とは、食べ物の手がかりに対する高まった、あるいは持続的な反応のことで、「食べ物のことが頭から離れない」「食べ始めると止められない」といった状態を指します(Choi et al., 2025)。減量手術を受ける患者さんを対象にした研究では、手術前に61%が「食べることをコントロールできない」経験を報告していました(White et al., 2010)。めずらしいことではありません。
近年、GLP-1受容体作動薬を使う人の間で「フードノイズ」という言葉が使われるようになりました。頭の中で絶えず食べ物のことを考えてしまう状態を指す俗称で、患者さんや医師の経験談から生まれた言葉です。この概念を整理した総説はありますが、「系統的に調べて、どう測るかを定める必要がある」段階だとされています(Hayashi et al., 2023)。つまり、多くの人が実感している一方で、研究として測る方法はまだ定まっていないのが現状です。
3. チルゼパチドと食欲の関係
添付文書に書かれていること
マンジャロの電子添文に書かれている薬の働きは、GIP受容体とGLP-1受容体の活性化、血糖値に応じたインスリン分泌の促進、グルカゴン分泌の低下、インスリン感受性、胃から食べ物が送り出される速度です。「食欲を抑える」という作用は薬理作用としては記載されておらず、「食欲減退」は副作用の項目に挙げられています(日本イーライリリー, 2026a)。国内の第III相試験では、15mg群の21.3%(160例中34例)に食欲減退がみられました(日本イーライリリー, 2026a)。
いっぽう、同じ成分でも肥満症などを効能とするゼップバウンドの電子添文には、「中枢神経系においてGIP受容体及びGLP-1受容体に作用することにより食欲を調節し」という記載があります(日本イーライリリー, 2026c)。同じ成分でも、承認された効能に応じて書き分けられている、と考えられます。
研究で報告されていること
2型糖尿病の人を対象にした二次解析では、チルゼパチド15mgはプラセボと比べて食欲のスコアを改善し(28週、P = 0.007)、自由に食べてよい昼食1回でとるエネルギー量を約310kcal減らしました(P < 0.001)。ただし著者らは、この昼食での差だけでは体重の違いを説明できないと述べています(Heise et al., 2023)。
また、GLP-1受容体は食欲を調節する視床下部だけでなく、「報酬系」と呼ばれる腹側被蓋野や側坐核にも存在することが、動物実験をまとめた総説で示されています(Kanoski, Hayes and Skibicka, 2016)。人でも、別のGLP-1受容体作動薬(エキセナチド)を静脈から投与した画像研究で、食べ物に対する脳の反応と摂食が減ったと報告されています(van Bloemendaal et al., 2014)。ただし、チルゼパチドが側坐核に直接作用しているかどうかは、次に紹介する症例報告でも判定できていません。
4. 脳の中を直接測った症例報告
紹介するのは、Choi et al. (2025) が『Nature Medicine』に発表した症例報告です。米国で行われている、治療抵抗性の肥満とコントロールを失う食べ方に対する反応性脳深部刺激の初期実現可能性試験(ClinicalTrials.gov, 2026)で記録されたもので、論文が報告している3人の参加者のうち、チルゼパチドを使っていた1人(参加者3)の経過を詳しく報告し、ほかの2人の記録を比較の基準として示しています(Choi et al., 2025)。
「参加者3」は3人目という意味です
この論文の表題は「チルゼパチドを使用中の1人における…(in an individual on tirzepatide)」で、PubMedの分類も「症例報告」です。本文でも「対照のない単一の症例研究(single uncontrolled case study)」と明記されています。対象は1人で、3人ではありません。「参加者3」は3人目の被験者につけられた番号です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 研究の種類 | 症例報告(1人の観察。比較のための対照群はない) |
| 対象 | 減量手術(胃バイパス)を受けた後も食物への執着とコントロールを失う食べ方が続く、重度の肥満がある60歳の女性。2型糖尿病あり |
| 薬の使用目的 | 2型糖尿病の治療としてチルゼパチドを使用(週12.5mg、約4か月後に血糖管理のため15mgへ増量)。以前は別のGLP-1受容体作動薬(デュラグルチド)を使っていたが効果がなかった |
| 方法 | 両側の側坐核に電極を植え込み、植込み手術後2〜7か月の間、「強い渇望を感じたとき」と「リラックスしているとき」に本人が磁石を機器にかざして脳の活動を記録。刺激は行っていない |
| 記録数 | リラックス時33回、重度の執着時10回(1回あたり90秒または180秒) |
| 掲載 | Nature Medicine 31巻12号(2025年11月17日オンライン公開) |
解析の対象は、側坐核の「デルタ・シータ帯」(1秒間に7回以下のゆっくりした電気活動)の強さです。ほかの2人の参加者では、この帯域の活動が重度の執着時に高くなることが先に確認されていました(Choi et al., 2025)。
症例報告は、1人の経過を詳しく記録したもので、研究の中では確実性が最も低い種類に位置づけられます。ただしこの報告は、人の脳の中に電極を入れて、食欲に関わる部位の活動を直接測った記録としては初めてのもので、動物実験や画像研究では届かない情報を含んでいます(Choi et al., 2025)。
5. わかったこと
| 時期 | 食物への執着 | 側坐核の活動(デルタ・シータ帯) | 体重 |
|---|---|---|---|
| 植込み手術後 2〜4か月 | 重度の執着エピソードはほとんどなし(4か月目は0回) | 執着時とリラックス時で差なし | 植込み手術前から7%減 (138kg→128kg) |
| 植込み手術後 5〜7か月 | 最大用量(15mg)でも執着が再び現れた(月7回まで増加) | 執着時に活動が有意に高い | (論文に記載なし) |
この患者さんは、途中で減量目的に薬を減らしたわけではありません。血糖管理のために増量し、最大用量に達していたにもかかわらず、執着が戻ってきたという点が、この報告の中心です。
さらに、補足的な解析では、脳の活動の変化が執着の再燃より約7週間早く現れていたとされています。著者らは、チルゼパチドの投与が側坐核のこの活動の変化と「関連している可能性がある」と述べ、将来的には、こうした脳の活動を目印にして治療を調整したり、頭皮からの脳波で同じ目印を測れるようにしたりする可能性を挙げています。パーキンソン病では、脳の深部の異常な活動が頭皮脳波でも検出できることが知られており、その例が引き合いに出されています(Choi et al., 2025)。これらは将来の研究の方向性であり、現在の診療で使えるものではありません。
6. わからないこと
論文の著者ら自身が、次の限界を挙げています(Choi et al., 2025)。
- 1人の観察で、対照群がない:同じ経過が他の人にも起こるかはわからない
- ほかの要因を除外できない:手術後の回復や時間の経過など、薬以外の影響が混ざっている可能性がある
- 薬をやめた状態を調べられない:2型糖尿病の治療に必要なため、薬を中止して比較することはできなかった
- GIPとGLP-1のどちらの作用かわからない:チルゼパチドは2つの受容体に作用するため、どちらが関わるかは判定できない
- 特殊な患者さんの記録:減量手術後も重い執着が続く人の記録で、肥満一般には当てはまらないかもしれない
したがって、「脳が薬に慣れる」という仕組みが確かめられたわけではありません。なぜ執着が戻ったのか、その機序についても論文は説明していません。
7. 食欲の実感が薄れることは、実際に起きる
先ほどの症例報告は1人の記録ですが、「食欲が抑えられている実感が、時間とともに弱まる」こと自体は、対照群のある比較試験でも報告されています。上の論文の著者らも、この点を先行研究として引用しています(Choi et al., 2025)。
リラグルチドの52週試験
リラグルチド3.0mgの試験(食欲に関する調査を受けた113人、52週)では、行動療法単独と比べた「食物への執着」の改善は、6週(P = 0.002)と24週(P = 0.045)では有意でしたが、52週では差がなくなりました(P = 0.955)。著者らはこれを「時間の経過にともなう食欲コントロールの減弱」と表現し、「およそ24週を過ぎると、目立った食欲コントロールをもはや実感しなくなる」と述べています(Tronieri et al., 2020)。
つまり、「効きが落ちた気がする」という感覚は、気のせいではありません。実際に起こりうることとして報告されています。
それでも体重への作用は続いていた
ただし同じ試験で、体重の減り方の差は52週時点でも保たれていました(リラグルチド併用11.8%減 対 行動療法単独6.2%減、差5.6ポイント)。著者らはこの食い違いについて、次のように説明しています(Tronieri et al., 2020)。
52週時点の体重の減り方(リラグルチド3.0mgの試験)
出典:Tronieri et al., 2020。食欲コントロールの実感は52週で差がなくなった一方、体重の差は保たれていました。
論文の著者らの説明
最初の6か月を過ぎたころに「薬がもう効いていない」と感じる人がいても、それは食欲コントロールの実感が薄れたことによるもので、リラグルチドを中止すると急速に体重が戻ることが、薬が体重に対して作用し続けていることを雄弁に物語っている(Tronieri et al., 2020)。
セマグルチドの2年間の試験
セマグルチド2.4mgの2年間の試験のうち、摂食に関する調査を受けた174人では、結果が項目によって分かれました。渇望のコントロールは20週・52週・104週のいずれでも改善が保たれた一方、空腹感・満腹感の差は20週のみ、甘いものへの渇望は20週と52週のみで有意でした。保たれた項目と、薄れた項目が混在しています。なお論文は、これらのP値は多重比較の調整を行っていないと明記しています(Wharton et al., 2023)。
8. 停滞期と、やめたあとの体重の戻りは別のこと
減り方が緩やかになること
糖尿病のない肥満の人を対象にしたチルゼパチドの試験では、72週時点の体重の変化は15mgで−20.9%(95%信頼区間 −21.8〜−19.9)、プラセボで−3.1%でした(Jastreboff et al., 2022)。減り方が緩やかになることと、薬が「効かなくなった」ことは同じではない、と考えられます。体重が減るにつれて必要なエネルギー量も下がるため、同じペースが続かないこと自体は不自然ではありません。
なお、2型糖尿病の人では体重の減り方はこれより小さく、日本人を対象にした52週の試験では、15mgでベースラインから−10.7kg(ベースライン平均78.9kg)でした。ただしこの試験の主要評価項目はHbA1cであり、体重は主要評価項目ではありません(日本イーライリリー, 2026a)。
やめたあとに戻ること
36週間使って体重が減った後、続けるか中止するかを比べた試験では、その後の52週間(36週→88週)で、続けた群はさらに5.5%減少し、プラセボに切り替えた群は14.0%増加しました(Aronne et al., 2024)。これは7章で紹介した、リラグルチドの著者らの説明とも一致します。
36週まで使ったあと、続けた場合と中止した場合の体重の変化(36週→88週)
出典:Aronne et al., 2024(SURMOUNT-4)。バーの長さは2群の変化量の比で、目盛りではありません。
「停滞期」と「やめたあとの戻り」は、起きていることが違います。前者は続けているあいだのペースの話で、後者は中止したあとの話です。やめたあとの体重の変化については、別の記事で詳しく整理しています(下の関連記事)。
9. 「効かなくなった」と感じたときに
食欲が戻ったと感じても、自己判断で薬の量を増やしたり、中止したりしないでください。患者向けの説明書でも、「自己判断で使用を中止したり、量を加減したりせず、医師の指示に従ってください」とされています(日本イーライリリー, 2026b)。
電子添文は、血糖や尿糖を定期的に検査し、3〜4か月使って効果が不十分な場合には、より適切な治療への変更を考慮するとしています(日本イーライリリー, 2026a)。これは血糖のコントロールについての記載です。
食欲の変化は、食事や睡眠、ストレス、生活の変化とも関わります。主治医に伝えて、血糖値や体重の経過と合わせて判断してもらうことが大切です。診察のときに伝えると役に立つのは、次のようなことです。
- いつごろから、どう変わったと感じるか(食欲の実感/体重のペース/その両方)
- 体重と血糖値の推移(記録があれば)
- 用量を変えた時期があれば、その前後で何が変わったか
- 食事・睡眠・仕事や生活で変わったことがあるか
- 副作用(吐き気、便秘、食欲減退など)の様子
効きの実感が変わることは、意志の強さの問題ではありません。比較試験でも報告されている、起こりうる経過のひとつです。ご自身を責めずに、状況をそのまま主治医にお伝えください。
10. よくある質問
食欲が戻ったのは、自分の意志が弱いからですか?
チルゼパチドは、使っているうちに効かなくなるのですか?
体重の減りが止まりました。停滞期でしょうか。
やめたら体重は戻りますか?
脳波で薬の効き目を調べられるようになりますか?
食欲が戻ったら、量を増やしてもらえますか?
11. まとめ
- 「効かなくなった」という感覚には、食欲の実感が薄れること・体重の減り方が緩やかになること・やめたあとに戻ることの3つが混ざっています
- 食欲の実感が薄れることは、対照群のある比較試験でも報告されています。気のせいではありません(Tronieri et al., 2020; Wharton et al., 2023)
- 同じ試験で、体重への作用は52週時点でも保たれていました。著者らは「中止すると急速に体重が戻ることが、薬が作用し続けている証拠」と説明しています(Tronieri et al., 2020)
- 2025年の症例報告は、チルゼパチドを使う1人の患者さんで、食物への執着が再び現れたとき側坐核の活動にも変化が見られたというものです。1人の観察であり、仕組みが解明されたわけではありません(Choi et al., 2025)
- 効きの実感が変わったと感じたら、自己判断で量を変えず、主治医にご相談ください
- マンジャロの日本での効能又は効果は2型糖尿病で、肥満症などの治療薬は同じ成分のゼップバウンドです
この記事の内容は2026年9月時点のものです。
関連記事
参考文献
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